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古本屋は儲かる職業とは言えません。
喫茶店も同様です。
だからその儲からない職種を
両方くっつけてみたところで
生活が安定するくらい収入があるのかと
いえばそれは嘘になるでしょう。
儲からない、でも続ける。
これには何か理由があるはずです。
別に古本屋、喫茶店にかぎったことではありません。
儲かりそうもない職業は他にもザラにあります。
ではなぜその職業をわざわざ選ぶのか?
わかりやすい例をあげれば
親の代を継いで
伝統を守ろうとするというのがあります。
たしかに儲かる職業でなかったとしても
それはそれで立派な生きる道でしょうし
やり甲斐あるでしょう。
でも穿った見方をしますと、
やりたいことが見つからなくて結果…
というのが大半なような気も。。
ボクは別に親の代を継いだワケじゃなくて
手探りしながら自分の嫌じゃないほう
(この言い方が適当だと思う)
嫌じゃないほうへと道を進んでいく内、
しだいにそこから今の道が開けました。
もちろん多くの方の世話になりながら
築いてきた道ですけど
それは誰しも同じことで
ボクがここで言いたいのは
結果、このような場にいる理由。
無意識に選んでいるようでいて
その場その場の状況に応じて
最終的に自分が選んだ道なんじゃないか、と。
昔、印象深いことを言われました。
なんで、こんな所に来てしまったんだと
後悔していたボクにたいして
「あなたが望んで来たんでしょう?」と
意味がよくわからず黙っていると
「嫌々来たのかもしれないけど
本当に来たくなかったら来なくても良かったハズだ。
ココに居る以上はあなたが望んで来たってことでしょう?」と
詭弁ではありますが、けっこう的を得た意見だと思うんです。
人生にも置き換えられるでしょう。
嫌々歩んできた道かもしれないけれど
それを変えてこなかった自分に一番の否がある。
それを後悔するのであれば、自分で道を踏み外せばいいのだと。
ボクの場合はどうでしょう?
やはりボクも皆さんと似たり寄ったりで、
そこまで強力な意思で道を築いてきたとは言えません。
出会ってきた人との相性が良かったのと
その方々の支えから自分を巧く表現できたのと
そんなラッキーボーイだったに過ぎない気がします
で、議題に戻るんですが
「なぜ古本喫茶なのか?」
経緯を追うのは簡単ですが
そんなことよりもっと根本的なこと
全体的なこと、です
ボクはセラピーなのではないか、と最近思うんです。
セラピーとはよく耳にしますが
なかでもこんな看板がボクの目を惹きました
「ドラマセラピーあります」…?
ボクは演劇人でして
何かにつけ芝居などもしますが
それこそ儲からない
儲からないのに続けているワケです
そこでピンときた
ああ、そうかドラマはセラピーなんだ。
じゃあ芝居もセラピーで
職業だって結局セラピーなんじゃないか、と。
つまりどういうことかというと
今ある環境において
一番自分が落ち着くことをしている。
他人からみればなんでそんなしんどいことするんだ
とか変に思われるかもしれないけれど
実はそれが一番自分に気持の良いこと
伽羅箱のしりとりコラムで
大木さんが「古本屋は趣味だ」と書いてましたが
誰でもそう。
まさに仕事そのものが趣味にちがいない
そう感じられない人は
何か無理が生じているんでしょう
自分で自分の感じる方向とは逆を行ってるワケだから
カラダがどんどん拒否反応を示してしまいます
しょせん自分の人生に型なんて
ないんだから、いくらでも壊していけばいい
流され生きるっていうと
人にあまり良い印象持たれませんが
わからないんだったら
流され生きるしかないじゃない
そんな生き方はダメだ
とか思ってる人ほど
結局死ぬ時になってから後悔します
流されてたら自然と
自分のやりたい方向へ向うものです
ということで
「古本喫茶」は今のボクが
流され在り着いた一番心地の良い職だってコト
長くなりましたが、今回それが言いたかったんです。笑
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