ノンフィクション
「生と死」篇
「神との対話」
価格¥600-
【著者】二ール・ドナルド・ウォルシュ 吉田利子訳
【発行】サンマーク出版
【発行年】1998.10.30 第14版
【定価】1800+税
【本の状態】並
【その他】カバー少キズ 地に少切れ 帯付
タイトルを見てある種の胡散臭さを感じてしまうのだけど、内容の方は割とマトモな宗教、哲学本ぽい感じ。全米では120万部以上売れたらしいです。
前々から気になってた「神との対話」という本を最近になってようやく読んだ。 躊躇ってたのは皆と同じような理由からだと思う。 まずタイトルからして胡散臭い。どうせまた世に数多腐るほどあるトンデモ本の類だろうとタカをくくってた。 なのにまたどうしてこの本を読む気になったかだけど、 それはおそらく僕の人生経験にあるのだと思う。 縁なのだろうか色んな場面でこの本の名を耳にする。 しかもそんな宗教的な類を一切信じないタイプの友人などが口にするものだから不思議でならなかった。 「神との対話」 なんなんだいったい…。 そうはいうものの胡散臭さがスグ消えて失せるわけもなく以来ずっと気にはなりながら態々自分で買って読むほどには関心がない態でいた。そして現在に至る。 そんな本があったことなんて暫く忘れていたのに、だ。 ふと新聞のタレントインタビュー記事に目を落すとまただ。最近「神との対話」に嵌っているという。 これは読まずにはいられないではないか。 うまい具合に中古で100円で売ってたのを知人が購入してくれたので、まだ訝しさが完全に抜け切ってはいないもののとりあえず、興味本位に読んでみることにした。 で、感想はというと‥。 ふむ、なるほど。噂にきくほどの感慨はなかったにせよさして違和感もなかった。 トンデモ本になると必ずその理論のどこかでそれはないだろうというツッコミを入れたくなるものなのだが、この本に関しては、それが全くない。 いや、唯一点を除いて。大雑把に内容をいえばこうだ。 当時、作者は何をやってもダメでどうしてこんなに苦しい目に遭うのかという愚痴ばかりを文面に書きなぐっていた。(この気持はワカラナイでもない) すると急に自然と勝手に手が動きその問いに答えを書き連ねるではないか!笑 まー確かにこの一連のエピソードは胡散臭いのだけどその対話相手である神(?)の問いが実に明快で理に叶っているから驚きなのだ。 想像だけで神との対話を創作しようものなら必ずどこかでボロが出るはず。ましてや、それで人の上に立とうとか金儲けをしようなんて企む人間に限ってどこかエゴイスティックな身勝手な意見を記さずにはいられないと思うのだが‥。 それが微塵もないのだ。もしこれが作者の狂言だとしてもそれはそれで素晴らしい。完璧に自分と切り離した神に成り切れてると思う。 では何をどう感動したかだけど、かつてこれまで自分の人生のなかで学んできた書物その全ては人間の手が記したものだけに人間臭さから抜け切れずにいた。 それは至極当然のことなのだけどでも逆にそれが人間の視野の範囲内でしか世界を見れないでいた、知れないでいたのだな、と。 たとえフィクションにせよこういう書き方をされると人間がすごくちっぽけに思える。 そうだな、僕の似た経験で例を挙げるとするなら手塚治虫の「火の鳥」(何編だったか忘れた)で主人公が神になってしまい、一気にミクロの世界からマクロの世界すべてを経験してしまう話。あれを読んだ時の衝撃に似てる。 さっきからコイツ頭おかしくなったんじゃないかと首をかしげているアナタ。 けどそこから先が問題。それでも読むか否か、だ。 全てをここで挙げ連ねて説得しても良いのだけど、正直、面倒臭いしそんな義理もない。 ただ僕はこの本の感動(?)をとりあえず公表しておきたかっただけ。 悪い本じゃないです、決して。読んで損するどころか、ちょっと世界を知れた気になるので得した気分。 まー疑い深い人には何を言っても無駄だと思うのでこのくらいで。 目からウロコとは、まさにこのこと。少しでも人生の考え方、変えてみたい人にオススメしときます。
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