山本マリの朗読の時間
「歌舞伎俳優の美しい兄弟がいた」(山本マリ夢日記より)

歌舞伎俳優の美しい兄弟がいた。彼らは深く愛し合っていた。
精神的にも肉体的にも通じ合った兄弟は、だからこそ美しいのだと評判で、 彼らの興行は伝説となっていった。
しかし、兄弟は、そのあまりの美しさに彼らの父親と三角関係に陥ってしまい、 二人は愛し合っているにも関らず、憎しみ合わされ、別れてしまった。
そして彼らの興行がうたれることは久しくなくなってしまった。

「芸術界の著しい損失である!」
兄弟不仲のいきさつを語った教授は強い憤りをこめて言った。
「彼らはどちらが男役になっても女役になってもなまめかしい。その色香は男と通ずる男故である。それは女を目指す男には決して出せない匂いである。」
教授は女を性愛する男は結局女を目指し、男を性愛する男は男を目指すのだという講釈を 力の限り叫んでいた。
私は講義を聞きながら、この教授もまた男を目指す男なのだろうと、感じながら、 いささかヒステリックすぎる叫びに辟易して、教室を出た。

やがて、月日が経ち、兄弟は父親の死によって再び通じ合い、興行がうたれることとなり、世間は沸き立った。
私も早速チケットを買い、伝説の美しさを目の当たりにできるであろう興奮で胸を高鳴らせながら会場へ出かけた。

会場は古い巨大な寺院で、舞台はその一角に建てられた小さな正方形の檻であった。
舞台の小ささに驚きながらも、私はかぶりつきに陣取り開演を待った。
例の教授も高潮した顔で私の背後に座っていた。

やがて幕が上がり、舞台に現れた兄弟は、男役でも女役でもなかった。
二人は全く同じ、狐を模した銀色の衣装をまとい、小さな舞台を飛び回った。
二人が飛び跳ねる度に、銀色の粉がキラキラひかり、実に美しい情景だった。

兄弟はそれぞれ、言葉や目配せすら要らないのだと言わんばかりに重なり合った呼吸で舞った。ただただ、ため息ばかりの幕が下り、兄弟は微笑み合うと、舞台である檻のヘリへ飛び上がり、会場へ手招きを始めた。
教授やその他の観客が我先にと檻の柵へよじ登る。
しかし、なかなかヘリまでは届かず、上っては落ち、上っては落ちするばかりで、 柵の脇では憤慨した観客たちが喧嘩をはじめ、怒号がおこり、舞台はにわかに騒然となった。あの教授は血だらけになってもまた柵にくらいついていた。
それらの情景を今度は我々が観客だと言いたげに目をキラキラさせながら、見下ろしている銀色の狐兄弟が月明かりに輝いていた。
私は、ただただ満足してゆっくり会場を後にしたのだった。